坂井輪診療所

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医療機器

日本の医療・介護の諸問題の最上流には「地域の人間関係の希薄化・孤立化」がある       

2020/2/4
[ 地域医療を考える ]

この本を読んでいるうちに、何人もの患者さんの顔が浮かびました。10年以上前のことです、80代女性。体格もよく、身なりは小綺麗で、お金にも困っていません、大家族で長男夫婦と同居、孫もいていつもにぎやか。しかし外来では、食欲がない、眠れないと、いつも同じ話を繰り返します。胃カメラ検査や血液検査では異常なく、悪性腫瘍を疑う所見はありませんでした。しばらく頻回に点滴に通院していましたが、いつのまにか来なくなっていました。あるとき、新聞のお悔やみ欄に職員が発見。あとでわかったことですが、家には帰りたくなかったのです。大きな一軒家の一室が患者さんの居場所、食事は部屋の前に運ばれ、家の中では誰とも口を利かない。帰りたくないから、誰よりも遅くまで点滴を受け、しかしどこにも居場所のない患者さんは、自ら命を絶ちました。
注)個人が特定されないように表現を変えてあります

90代の女性です。婚姻歴がなく、働きづめの人生でした。やはり身なりの小綺麗な女性でしたが、体力的に独居が困難となり、とある施設に入居しました。しばらくすると食欲がないといいます、やせて表情は乏しく、元気がありません、よれよれの衣類は何日前のものか。認知症が始まっていたのです。3度の食事以外は部屋に閉じこもり、一日中テレビを見ています。やがて尿失禁、もはやケアハウスには置いておけないということで、グループホームに入所となりました。しばらくすると、明るく快活な声がひびき、ほっぺが丸くなった患者さんが現れました。昔のように身綺麗な格好で。グループホームでは認知症があっても、それぞれの得意分野の仕事が任されます。患者さんは料理が得意だったのです。数年前に老衰で旅立たれました。
注)個人が特定されないように表現を変えてあります

40代の男性。会社で仕事がうまくいかなく、上司にひどく怒られました。今でいうパワハラです。なんども繰り返し罵声を浴びるたびに、不眠、食欲不振、ついに朝起きることができなくなりました。着替えて家を出ようとしても、激しい動悸に一歩も足が運びません。ついに会社へ行けなくなりました。当院に受診したのはそのあとでした。精神科通院も長続きせず、親も諦めていました。朝遅く起きて、日中は部屋でテレビ、夜暗くなってからコンビニ出かけます。彼は親の年金で暮らしていました。当時わたしは、ハローワークを勧め、ただかれの欲しがる睡眠導入剤を処方することしかできませんでした。今もときどき風邪をひいたときなどに受診しますが、引きこもり生活は変わらないようです。
注)個人が特定されないように表現を変えてあります

20代男性。小児自閉症あり、養護学級を経由し特別支援学校へ。当院受診時は3歳ほどの知能ということでした。おちつきがなく、会話が成立しません。母親は親の介護をしながら育児をしていました。生活費はなんとかなったものの、不規則な生活と不眠が続き、心身ともに体調不良となりました。しかしわが子を思う気持ちはひといちばい強く、息子が体調を崩すとすぐ連れてきました。今息子は成人し、就労支援施設で働いています。月給1万円にも満たないのですが、彼の顔は日に焼け、自信に満ちているように見えました。何を聞いても「はい、わかりました」と応える素直な青年に育っていました。
注)個人が特定されないように表現を変えてあります

高齢者でも若者でも、患者さんひとりひとりにはみな物語があります。食欲がない、眠れない、動悸がする、胃腸の具合が悪い、などなど病気の背景には物語があります。内科医としては器質的な疾患がないか、まず検査をします。原因が判明し内科治療で元気になればそれでいい、しかし特定の病気が見つからない、また病気が治ったはずなのに症状がとれない、あるいは再発を繰り返す、このような場合、言葉で表現できない、語られてない物語りが背景にあるのだと思います。

その物語は悲痛であり、人間の根源的な苦しみ、それは「孤立」であることが少なくないと思われます。もちろん独り暮らしは孤立しやすい、しかし大家族や会社の中にいても孤立することがある。「孤立」とは「心の居場所」がないことであり、人と人のつながりが失われ、自己肯定感が失われた状態です。どんな薬を処方しようが効かない。医者は無力です。

人は、人と人のつながりの中でしか自己肯定感を保てない、弱い存在です。自分から積極的に他者を求め、人間関係をつくっていけるひとばかりではない。イギリスには「リンクワーカー」という職種があるようですが、日本ではどうしたらよいのか。著書はたくさんの実例をもとに、どこの地域でもできるヒントを与えてくれます。「社会的処方」を日本で「文化にしていく」 そのために問題意識を共有できる市民をつなぎ、地域の宝を育てていく、この方向性は「さかいわ健康友の会」が目指す方向と重なるものだと思いました。

「独り暮らしでもひとりぼっちではない」こんな地域をつくっていこうと問題意識を共有できれば、きっとだれもが、としをとっても住み慣れた地域で暮らしていけるのではないかと思います。

西智弘氏の著書をご一読いただければと思います。

山崎亮さん(studio-L、コミュニティデザイナー)推薦!

認知症・鬱病・運動不足による各種疾患・・・。
医療をめぐるさまざまな問題の最上流には近年深まる「社会的孤立」がある。
従来の医療の枠組みでは対処が難しい問題に対し、薬ではなく「地域での人のつながり」 を処方する「社会的処方」
制度として導入したイギリスの事例と、日本各地で始まったしくみづくりの取り組みを紹介。 https://www.amazon.co.jp/gp/product/4761527315/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o01_s00?ie=UTF8&psc=1

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