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医療機器

「ACP」「蘇生措置」「延命治療」のちがいをご存じですか?

2021/9/13
[ 地域医療を考える ]

ACPとは「アドバンス・ケア・プランニング」のことです。アドバンスは進歩や発展という意味ではありません。たとえば「in advance」といえば、あらかじめとか、前もってという意味になります。するとACPを日本語に訳せば「事前ケア計画」ということになります。すると介護や生活支援のことかなと思いますよね、ちがうんです。たとえば「medical care」を訳せば「医療」となります。つまり「care」には、医療行為と見守りやお世話、すべてが含まれることになります。そこで厚生労働省は、もしものときの「医療」や「ケア」を考えるという意味を含めて「人生会議」と訳すことにしたのですが、わかりにくいですよね。またACPには医療者も参加します、ご本人の意思を尊重しながら、ご家族といっしょにご相談させていただきます。

出典元:http://www.aki.hiroshima.med.or.jp/chiiki/acp02.php

「アドバンス・ディレクティブ」と「リビングウィル」のちがい

リビングウィルをそのまま訳せば「生前の意思」ということになります、つまり「遺言」です。不治の状態になったときのために、延命措置を受けるか否か、またどのような医療を受けたいか、どのようなサポートを受けたいか、などを記した事前指示書です。ですから、あくまで本人の意思によるものです。

しかし高齢化が進み、慢性疾患、認知症や老衰など、長い年月にわたって闘病せざるを得なくなる場面が増えました。本人の判断力が年齢とともに徐々に衰えていく、その過程の中で家族や親しい人に自分の気持ちを伝えておく、そしてもし判断ができなくなったときには、どなたかに医療判断をゆだねる、リビングウィルと代理意思決定者の選定を含めて「アドバンス・ディレクティブ」といいます。和訳すれば「事前指示」ということになります。

DNAR(蘇生措置拒否)と延命治療はちがう

死が避けられない、差し迫った状況になったときに、一時的にせよ蘇生措置を試みることがあります。心臓マッサージ、気管内挿管、人工呼吸器です、これらの治療を希望しないという意思が「DNAR」です。リビングウィルの核心的な部分になります。ですので、点滴や経管栄養、輸血や鎮痛剤投与など、延命治療や緩和治療は含まれません。心肺蘇生を開始しないということと、終末期の延命治療をどうするかはまったく別のことなのです。

出典元:http://www.aki.hiroshima.med.or.jp/chiiki/acp02.php

厚労省 在宅医療・救急医療セミナーで報告されていること①

在宅療養中の高齢者が急変したとき、みなさんどうされますか? あわてて救急車を呼ぶ方が多いと思います。たとえば徐々に食べられなくなって老衰が進んでいたんだけれど、あるとき突然、呼んでも目を開けなくなったならば、どうしよう、大変だと、119番! そして救急隊は蘇生措置を開始し、搬入先の病院では救命治療に全力を尽くします、それが医師の任務だからです。なんとか一命をとりとめ、人工呼吸器につないだ、しかしこれまでの長い闘病生活による衰弱のため、やがて体力の限界を迎え心臓が停止します。これでよかったのだろうか?医療者も家族も自問自答します。

出典元:厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000762351.pdf

厚労省 在宅医療・救急医療セミナーで報告されていること②

最近は、徐々にですが、「本人の意思に沿わない救急搬送」ではなく、住み慣れた自宅(あるいは施設)で看取ってあげたいと、本人が元気なうちから家族との会話を積み重ね、在宅医療やケアを受けながら、最期はやすらかに逝かれる。このような患者さんが少しずつ増えてきています。

ところでセミナー報告の中には、在宅医療と救急医療の「連携ルール」を策定しなさいと、その中には「延命措置」に対する項目を含めなさいと指示されていました。わたしはここに危惧を覚えました。延命措置をするか否か、そんなに簡単に決められることかな?と思うからです。訪問診療をしながらご家族とお話をしますが、考え込まれてしまい、結局まだ判断できない、というお宅が大変多いのです。わたしは、むしろそれが自然かな、と思うのです。

出典元:厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000762351.pdf

命をまもる、命の規制緩和は許さない!

政府が「在宅看取り」を強調してきた背景に「経済財政運営」があるようです。つまり医療費抑制、社会保障抑制です。年をとり、やがて食べられなくなったとき、延命治療をすることは本人の希望ではない!?という無言の圧力により、命をあきらめるようにしむけられやしないか、杞憂でしょうか? そのためにACPを大義名分として利用しようとしているのではないか、ACPの理念がゆがめられやしないかと、危惧します。

出典元:https://www.jmar-form.jp/data/2910p1-ref1.pdf

ACPそのものは大変良いことです。しかしどんなにていねいにACPを積み重ねても、それでも結論がでない、それが「人の命」です。老衰の終末期の蘇生措置はどうかと思いますが、延命治療のあり方にはいろいろあっていい、一人一人の選択であり、それはその人の人生の物語を知る人々が、その人の思いにそった判断をしていくのがよいのではないか、決して一つの結論を強制されてはならないと思います。

在宅医療と救急医療の連携構築は、長年のわたしの夢でした。医師不足新潟県において、高齢者がすみやかに救急搬送されるようになれば、患者さんにとっても医療者にとっても良いことなのです。救急のたらい回しが減り、すみやかに治療が開始できるのですから、そして早く元気になって、再び住み慣れた自宅にもどれる、こうあってほしいと思います。やがてくる、人生の夕映えのときまで。

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